番外編 ハネムーンナイト 




「うゎ、本当に…!?」

 朱音はその客室の豪華さに目を見開いた。
 そこは新婚ホヤホヤの大樹と朱音が初夜を迎えるホテルの一室。二人の結婚披露ティーパーティーが終わったのはたった数分前。 終わるや否やゲストの見送りもそこそこ大樹に連れてこられたのだ。

 朱音が驚くのも無理はない。ここは客室最上階のあるTOJホテルが誇る最上級のインペリアルスイートルーム、 国賓を迎えるのに相応しいくらい贅を尽くした格式高いゲストルームだからだ。

 しかしも朱音が驚いたのはそれだけではない。
 部屋に入るなり漂う甘い香りに導かれ向かったのはダイニングルーム。そこで朱音を出迎えたのは高さ50センチはあるだろうか、大中小の ケーキを重ね美しくデコレーションされたウェディングケーキ、いや、バースデーケーキか?それがダイニングテーブルの 真ん中に堂々と置かれている。 そしてその周りには綺麗に包装された大小様々なプレゼントの山。



「これから二人で朱音の誕生日祝いをしようと思うんだけど?」

 その場に立ちつくす朱音に大樹が笑いながら言うと、我に返った朱音が大樹を見上げた。

「ねえ大樹、このプレゼントの山…ディスプレイ?だよね?どれが本物か当ててみろって?それでもってお手付きは三回までと か言っちゃう?」

 朱音はワクワクした気分で山の中からひとつ小さめの箱を手にした。その軽さに自分の思った通りだと 中身を探るよう、そして空だと確認するよう耳元で振ってみる。

「そんなせこいこと俺がすると思う?と言いたいところだが、実は何がいいかあれこれ考えるうちにどれも捨てがたくて、ローソク代わりに 年の数だけ用意してみた」

「えっ、28個も!?」

 驚いた朱音は手を止め慌てて箱を元の場所に戻すと、まるで何もしてないかのように振舞ってみる。

「企画室のみんなからと、ランディ、凜子さんのも含めてだけど」

「みんなからも?やだ…すっごく嬉しい。でも、ほっんと大樹のやる事って私の想像超えててびっくりしちゃう」

「ま、それはお互い様でしょ」

「えー、そうかなぁ?」

「そうだよ。まあでも質より量だから期待はするなよ?」

「大樹からのプレゼントならどんな物でも私は嬉しいんだから。ありがとうね」

 クスクスッと笑う朱音の肩を大樹が抱き寄せた。ちょこんと寄り掛かるよう胸に頭を預ける朱音の姿に大樹の双眸も自然と細まる。

「ねえ大樹」

「ん?」

「ちなみにあのケーキも…全部本物とか?」

「やっとか。俺としては真っ先にケーキにくいついて欲しかったな。ここだけの話、向井さん、パーティーで出すスイーツより こっちに力入れてた。あ、これ、兄貴はナイショな」

「きゃーーーーっ!!だから大樹、パーティーであまり食べるなって言ってたんだ!」

「言っても無駄だったけどね。さっき苦しいって言ってなかった?」

「それはドレスが窮屈って意味。だってスイーツは別腹だも〜ん、ドレスを脱げば大丈…」

 ハッとして朱音はこの先の言葉を飲み込んだ。が、すでに遅し? ちらりと大樹の顔を見上げれば、ニヤリと口角をあげた大樹と目が合う。

「自分で脱ぐから!」

「おっ、積極的」

「バ、バカ!そーいう意味じゃなくて、着替えるの!」

「着替える?何故?」

「だって、ケーキ食べたいもん」

「そんなの後。俺の忠告無視して朱音は腹一杯だろ?だったらまずは俺の夢を叶えて欲しいな」

「夢?」

「そ、夢。朱音が着ているその白いドレスを脱がせるのがね。というか、花婿にしかない特権。朱音に限っては俺だけの権利」

 いたずらっ子のような顔でそう言う大樹に朱音は苦笑い。大樹の事だ、脱がせるだけで済むはずはない。今更な関係でも、 初夜をただ隣り合って眠るつもりは朱音にだってないが、まだ陽も高いし、部屋に入っていきなりそれもなんだかなぁ…だ。

「じゃ、じゃあ大樹が着替えさせてくれる…とか?」

「まさか。三日も朱音に触れてない俺が我慢出来ると思う?」

「そう言われても…。で、でもね、ほら、初夜って言うくらいだからやっぱりそーゆーのは夜なってから…っ、んっ」

 長くなりそうな掛け合いを大樹はキスで封じ込める。不意を突かれた朱音はきゅっと唇を結ぶがそれもほんのわずかな時間。 大樹の優しくて、それでいて情熱的なキスに唇は緩み吐息が漏れる。

「う…ん…っ」

 息をするのも忘れるくらい夢中で唇を重ねる。ぐいっと大樹に腰を引かれると朱音は体を預ける様に大樹の背中に腕を回した。

「…んっ、だめ、だ、いき…」

 言葉とは裏腹、朱音は離れた唇を惜しむように大樹を見つめた。まったく、キスだけで大樹はいとも簡単に朱音をとろけさせる。 もっとも、大樹に開発されたと言っても過言でない朱音の体がすぐに反応するのも仕方ない。 触れる指先に体中が粟立ち 、そして腹の奥がキューンと疼く。ああ、結局は大樹の思うつぼ。こんな時にすぐに感じてしまう体がちょっとだけ恨めしい。

 大樹はそんな朱音を満足そうに眺めながらクスッと笑った。

「どうする朱音、これでも夜を待つ?」

 いつもの意地悪な顔。そう聞きながら大樹自身がそんな気ないくせに。

「待てなくしたの、誰よ」

 結局は大樹の意のまま。満足気な大樹を少しだけ睨んでみても当の本人は素知らぬ顔。 何となく面白くない朱音はプイと顔をそむけて膨れてみる。

「でもなぁ…ケーキも…」

 どっちだよと頭上で大樹がくつくつ笑っている。どっちも本音。朱音がそう言おうとした時、チュッと鼻先にキスされた。

「俺が待てない。てことで即、夢と特権の実行」

「え…っ!」

 朱音が反論する間もなく唇を塞がれた。そして有言実行、背中に回された大樹の手が編み込んだドレスの紐をほどく。

 ちょ、ちょっと、いきなりですかぁ!?
 と、朱音が思ったのも一瞬。とうに火照った体は、背中を優しくなでる大樹の手を拒むなど出来ない。キスに夢中の朱音はもう大樹にされる がまま、レースをあしらったノースリーブから簡単に腕は抜け、 するとどうだろう、シンプルなデザインにしたのはこの為だったのかと思うくらい、すぐに下着だけをまとう姿になった。

「へぇ、ドレスの中の下着ってこうなってるんだ」

 裾にフリルをあしらった白いビスチェにお揃いのショーツ。フリルの中から伸びたガーターベルトの先は当然ながら白いストッキングを 摘んでいる。そんな姿にどんな興味を持ったのか大樹がまじまじと眺めると、恥ずかしさから 朱音は伸びるはずのないビスチェの裾を引っ張った。

「もうっ、そんなに見ないで」

「見るな?じゃあさっさと脱がすしかないか」

 大樹がニヤリと片口を上げて笑うと朱音の体がふわり浮いた。有言即実行の大樹に抱き上げられ、ベッドルームに向かっているのだ。

「今日は手加減しないから、覚悟しとけ」

 大樹が小さな声で言った。朱音が見上げると大樹の顔がいつになく真剣で、思わずぷっと吹き出してう。

「へぇ、いままで手加減してたんだ?」

 ん?と傾げるような仕草で大樹の視線が朱音に向いた。

「してた、っちゃあしてた」

「ふぅ〜ん、どの口がそれを言う?」

「この口」

 ふふん、と大樹が鼻で笑うと、朱音もつられるようにクスクスと笑い出した。嘘は言わない大樹のことだ、彼が そう言うのだからきっとそうなのだろう。だとしたらちょっと怖い気もするが…

 木目調のシックな部屋にはキングサイズのダブルベッドがあった。大きな窓からはまるでベッドを照らすよう、 薄手のカーテン越しに陽の光が差し込んでいる。その中央に朱音を下ろすと、大樹はタキシードの上着を脱ぎ捨て、横たわる朱音のすぐ隣に腰を下ろし その頬に手を伸す。朱音の暖かさを掌に感じながら愛しさをかみしめて。

 キスをしようと大樹が顔を近づけた時、何かを思い出したように朱音がうふふと笑った。

「あのね」

「うん?」

「大事なこと言ってない」

「愛してる、って?」

「アハッ、先に言われちゃった。なんでわかったの?」

 先に言われてちょっとだけ不服そうな朱音を見つめながら、大樹は首元のタイに指を通すとシュッと襟から抜き去り、一番上の シャツのボタンを外した。

「今、俺も言おうとしてたから」

 二人微笑み合うと唇を重ねた。大樹が朱音に覆いかぶさると朱音がその首に腕を回す。 深まる口づけ、絡み合う舌と舌に漏れるのは二人の熱い吐息。

「ん…」

 ――体の奥から湧き上がる熱に何もかもが溶けてしまいそう。

 名残惜しそうに大樹は唇を離すと、朱音が身に着けていたビスチェを脱がせる為に背中に手を回した。

「目を楽しませてはくれるけどこうなると鎧だな。剥がすと言うべきか脱がすのに一苦労する」

「ふふっ、じれったい?」

「これはこれで楽しいよ。やりたいだけならショーツを脱がせりゃいいんだし。ま、そんな格好の朱音も興味はあるけど 俺は全身で朱音の全てを感じたい。ほら、こんなに可愛い胸を味わわずにいられると思う?」

 下ろされたファスナー、朱音の大きすぎない胸がぽろんと現れる。

「あ、ふっ…ん」

 大樹がその頂を口に含むと朱音が甘い声をあげた。舌で唇で弄びながら、その手は器用にショーツを下ろしガーターからストッキングを 外す。太腿に手を滑らせ敏感な部分い指を当ててみる。大樹は既に濡れている部分を優しくなでながら顔を上げると、顔を赤らめた 朱音を見下ろした。

「もう濡れてる。気持ち、いいんだ」

「う…ん」

 恥ずかしそうに返事をしながら朱音の手が大樹のシャツの中に伸びて、胸や背中をまさぐりキスをねだる。室内に響く水音が深まるキスのせいなのか、 朱音からあふれ出す蜜のせいなのかもうわからない。

「ん…ふっ、あ…」

「…あぁ、朱音…」

「大樹も…気持ち、よくなって」

 朱音がシャツのボタンを外す。そしてベルトに手をかけると大きくなった大樹自身に手を添えた。

「…ハァ…」

 快感に耐えるよう大樹が息を吐いた。たまらず自分で服を脱ぎ捨てる。
 心が、体が、高揚する。ああ、もうたまらない、止まらない。その赤く染まった頬が、見上がる潤んだ瞳が、艶っぽい唇が、仕草が、 表情が、朱音の何もかも全てが愛し過ぎる。もう二度と朱音のいない生活には耐えられない、そう思うと益々愛しさがこみ上げる。

「あっ、や…んっ」

 割れ目を押し開くと朱音のそこは大樹の指を簡単に飲み込んだ。どこが一番感じるのか、とっくに知り尽くした朱音の中でゆっくりと指を 動かすと、それに合わせ朱音が可愛い声を漏らす。

「あぁ…はぁ、もう…」

 大樹に開発された体だ、その手にかかれば朱音はすぐにでも昇りつめてしまう。朱音はぎゅっとシーツを握りしめると大樹の瞳に訴える。 快感の渦に飲み込まれる…もう…ダメ…

「我慢するな、いけ」

 その言葉に頷く隙も与えず、勝手知ったる大樹によって朱音は一番感じる場所を攻められる。くちゅくちゅといやらしい音をわざと 立てて。

「はぁ…んっ、あ、あ…っ」

 それはすぐにやって来た。一瞬、体を強張らせた朱音がぐったりとベッドに沈む。はぁはぁと余韻に浸りながら呼吸を整えていると、 朱音の顔にかかった髪を大樹が指で払ってくれた。

「ん…大樹ぃ」

「俺が、欲しい?」

「うん…いっぱい、欲しい」

「そう言われちゃあげないわけにはいかないな」

 予告どおり挿入してきた大樹に、 ぐいっと奥を突かれ朱音は思わず背を反らせた。昇り詰めた余韻冷めぬその中がギュッと絡みつくと、大樹は切なそうに眉根を寄せた。

「…ハァ、ヤバイ。すぐにいきそうだ…」

 大樹がゆっくりと腰を動かし始める。深く深く、そして優しく、朱音の全てを感じたくて。

「あぁ、やっ、大樹、ダメぇ…っ」

「…んっ」

 早まる動き、荒げる二人の息遣い。繋がった場所は熱さを増し、それでも激しく強く打ち付けると、僅かに先に昇り詰めた朱音の中に 大樹は全てを放出した。



―――  ◆  ◆  ◆  ―――





「夫婦茶碗だ。誰?こんな渋い柄選んだの。アハッ、ケンさん!っと、マナティーが…やーっ、可愛い手袋〜!」

 愛の営みもそこそこに、朱音は豪華オリジナルウェディングケーキとプレゼントの山の前で超ご機嫌。 今はケーキの方が大事だと早々にベッドを抜け出した朱音に、大樹の欲求にやや不満は残るものの夜の本番はこれからなので文句を言う つもりはない。それに、こうして上機嫌な朱音を眺めるのは大樹の歓びでもある。

 空になった朱音のグラスにスパークリングワインを注ぐと、大樹はケーキを口に運ぶ朱音を眺める。一口含むたび笑みを 浮かべる朱音は幸せそのものだが、さっきまで散々食べていたのに、よくもまあ入るものだと毎度ながら感心。 見ているだけで満腹になる、まさしくそんな図。しかしそろそろ朱音の腹も限界に近いのだろう。笑みを浮かべながらもそのペースは ぐんと落ちて、暫くするとフォークを持つ手がぱたりと止まった。

「ふぅ、お腹いっぱい…」

 目の前の巨大ケーキを上から下へ眺め、朱音がぼそっとつぶやく。
 いくらスイーツ別腹の大食だろう朱音とてこの量は無理だ。 少々味は落ちるが冷凍保存が出来ると向井からの伝言はとっくに伝えてはいるが、朱音は時計を確認すると、恐らくまだ社内にいるだろう 真菜に、一番下の一部分しか手を付けていない残りのケーキを取りに来て皆で分けるよう電話をかけた。

 五分もしないうちに真菜が申し訳なさそうに新婚の部屋にやって来て、ケーキを受け取ると長居無用とさっさと退室した。ドガがパタンと 閉まるのを確認して、大樹はこっちにおいでと自分の膝を叩いた。軽やかな足取りで、大樹が贈った白いフレアワンピースの裾を翻し ちょこんと大樹の膝に飛び乗る。元気だなと言いながら朱音の腰に手を添える大樹に、朱音はクスッと笑ってその首に抱きついた。

「持ち帰らないんだ?」

「お腹パンパン食べたからいいの。特別なケーキを独り占めしちゃもったいないしでしょ?幸せは美味しいうちにお裾分けしなきゃ。 それに食べたくなったら大樹におねだりすればいいし、ね?」

「お安い御用で」

 酔っているのか薄っすら頬をピンクに染め、朱音はクスクスと笑っている。そんな朱音の頬に大樹はチュッと軽くキス。

「お裾分け、か」

「うん。だって、大樹がこれでもかってくらいハッピーにしてくれるから、いっぱい過ぎて溢れちゃうんだもの」

「俺はまだまだ足りないと思ってるけど」

「足りない!?わーっ、それってさ、逆に落ちた時が怖いんですけど」

「落ちる?おいおい、バカ言うな、全てにおいて上がることはあっても落ちる事は絶対ない、絶対に」

「ハハッ、出た出た、大樹の絶対の自信」

「当たり前だ、俺を誰だと思ってる?」

「はいはい、えーと、サンセットマダー社のCEOでTOJホテルの副社長、そして私の愛しの愛しの旦那様の東条大樹、でしょ」

 その答えに大樹は満足気な笑みを浮かべると、こつんと朱音の額に自分の額を合わせた。至近距離で見つめ合う瞳に熱がこもる。 とすればもう言葉はいらない、二人はどちらともなく唇を重ねた。最初は優しく、角度を変えては啄むように――そして それは次第に深く濃厚なものへ。
 背中を撫でていた大樹の手がゆっくりとワンピースのファスナーを下ろす。半分脱がすようそこから手を忍び込ませ、 何もつけていない朱音の胸を包み込みゆっくりと揉みだすと。朱音が小さく呻き声を上げた。。

「…ん、あっ…」

 大樹の唇が首筋を伝う。抱かれたばかりなのに、またすぐに熱くなる体を朱音は恨めしく思いながらも、その先をねだるよう胸まで降りてきた 大樹の頭を両手で包み込んだ。

 胸の谷間を舐めるように唇で愛撫され、朱音はたまらず吐息を漏らした。跨った太腿に感じるのは同じく熱くなった大樹自身。

「ん…ふ…っ、んぁ、はぁ…」

 広い部屋ダイニングルームに朱音が恥ずかしくなるくらいの声が響いた。呼吸ひとつ乱さず、朱音を翻弄させる大樹をちょっとだけ憎たらしく 思いながらも、大樹が与える快感に安心して堕ちてしまう。

 朱音の秘所を大樹の指がまさぐる。寄せる波にのまれそうになるのを堪えながら、朱音が大きく息を吸い込んだ時だ。

「――あ」

 何かを思い出したのだろうか、大樹は小さく声をあげると、ぴたりと動くのを止めた。

「…ん、はぁ…な、に?」

「ん、いや、ロスの家のリフォーム、なるべく早く始めた方がいいかも」

「はぁ?ん、もうっ、それ、今言わなきゃいけないこと!?」

 そうそう朱音の主張もごもっとも。

「ああ、忘れないうちに言っておこうと思って。そうだ、あと、庭も少し手を入れた方がいい」

「はい!?」

「ん?ま、今にわかるさ。そう、近いうちに」

「もうっ、ぜっんぜん、わっかんないーーーっ!」

 焦らされればそりゃ怒りたくもなるだろう。口を尖らしプイとそっぽを向く朱音をなだめるように、大樹は優しくキスをした。







 そして二か月後――

 朱音は鼻歌交じりに冷蔵庫から取り出したペットボトルの水を口に含んだ。二週間ぶりに帰国した大樹に、これから報告しなくてはいけない 事を思うと、自然と手が腹に添えられ ついつい頬が緩んでしまう。その肝心の大樹は、急ぎの仕事があると帰宅早々書斎にこもった。コトコトと鍋が鳴り、 シチューのいい匂いがキッチンに立ち込める。間もなくして現れた大樹は、匂いに誘われるよう真っ直ぐキッチンへやって来て、調理台に並べられた サラダやカナッペの出来栄えを感心するよう顎を撫でた。

「何かいい事でもあった?」

「まあねー」

「じゃあワインで乾杯しようか」

「あー、ワインは…」

「カクテルを所望?」

「んー、そーじゃなくて…えーと、あのね、」

 耳打ちしようと朱音が背伸びをする。二人きりなのに?と苦笑しながらも大樹が体を傾けると、口を寄せて来た朱音が照れた様子で告げた。

――あのね、お腹に赤ちゃんがいるの。

 大樹は一瞬目を見張るとすぐに細めて、そっと朱音の背中に腕を回して抱き寄せた。

「だから言っただろ?」

 頭上で偉そうな、それでいてどこか嬉しそうな大樹の声がする。

「え?」

「ロスの家のリフォーム。あいにく子供用の部屋はないからね」

「あ!あれってそう言う意味だったの?やだ、どこまで勘がいいの?」

「勘、というかあの時ふとそんな気がした」

「お告げ?」

「だな」

 同意する大樹を見上げると双眸を細め優しく微笑んでいた。

「嬉しい?」

 聞かずともわかる問い。

「もちろん。ありがとう朱音、こんなに嬉しい事はない」

 おでこに降って来た大樹の唇。そして朱音の背中をぽんぽんすると、あとは俺がやると朱音をダイニングの椅子に座らせた。 喜びを頬に浮かべ、無駄のない動きでテーブルに皿を並べる大樹を眺めれば、朱音の顔も自然とほころぶ。大樹にあんな顔をさせているのが自分でない のは少々悔しいような気もするが、きっとそれはお互い様。

 その時、そうだ、と大樹が顔を向ける。

「予定日は?」

 答えるより前にクスッと笑った朱音を大樹は不思議そうに眺める。さて、自分の誕生日と一緒だと知ったらなんて言うのだろう?

「驚かないでね、大樹の誕生日なの」

「え…、」

 大樹は妊娠を知った時よりもずっと驚いた顔をしていた。そして朱音が答えるより先に笑った訳を理解して、同じようにクスクスと笑い出す。

「そりゃすごい偶然。何よりも嬉しい朱音からの誕生日プレゼントだよ」

 ちょっぴりキザかな。だけど嬉しい言葉。
 朱音の体がキッチンの大樹の許へと自然と動いた。座ってろと見下ろす大樹の胸に飛び込むと、こちらこそありがとうと背伸びでキスを ねだった。



THE END




お読みいただきありがとうございます。
やっとここまでたどり着きました。
これにてスイーツを君へ『完結』とさせていただきます。
長い間、本当にありがとうございました。
Reonれおん
     





感想などいただけると嬉しいです。誤字脱字も コチラから

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