番外編 勘違いな運命 おまけ




 真菜が凜子とやけ酒(?)を飲んでいる頃。


 まさかやけ酒の原因が自分たちなどと思ってもいない朱音と大樹は、かつてと変わらない週末の夜を 過ごしていた。

「大樹は初めて私に会った時運命感じた?」

 風呂あがりの大樹は、冷蔵庫から出したばかりのペットボトルの水を片手に髪をかき上げた。 ソファに腰掛けるなり、隣に座る朱音の質問に水をごくっと飲みこむ。

「どうした?今更そんなこと聞いて」

 素っ気ない大樹に朱音はモドキを抱えながら、足をソファに乗せ大樹に体を向けた。

「あのね、今日凜子さんに聞かれたの。大樹に初めて会った時、何か感じるものがあったかって」

「なあ、朱音は何のために今日一日スカイラウンジにいたんだ?」

「ちゃんと大樹の宿題だって考えてたよ!だからってずっとそればかりも考えてられないでしょ」

 凜子を今日一日朱音のそばに付けたのは正解だったようだ。
 朱音にローザの時以上の難題を出した。夢中になれば時間も何も忘れてのめり込むのはわかっている。 時々、現実の世界に引き戻さなければきっと帰ることすらも忘れそうな気がして凜子をそばに付けた。

「俺は会った瞬間に運命なんか感じたことは無い」

 大樹はペットボトルをテーブルに置くと背もたれに体を預け、朱音に顔を向けた。
 また運命とは、凜子さんは今度は一体何を聞き出したいんだか。

「え、じゃあ私にも感じなかったってこと?」

 モドキを抱え小首を傾げる朱音。

「運命はな。そう言う朱音はどうだった?俺に運命感じた?」

「全然。運命どころかむしろ嫌な奴としか思わなかった」

「だろ。運命を感じたかどうかなんて関係ない」

 大樹は立ちあがるとダイニングに向い、キッチンのカウンターに置いてある煙草を手にする。 その場で火をつけると、カウンターに寄りかかり煙を吐き出した。

「じゃあ大樹は会った瞬間の運命なんて信じない?それってなんか夢がないなぁ」

 吐き出した煙を眺めている大樹はすぐには返事をせず、銜えた煙草を一度吸い込んだ。

「信じていいの?」

 間をおいて答える大樹はなんだか急に不機嫌そう。何か気に障る事でも言っただろうかとモドキを抱く腕に 力が入ってしまう。
 しばし沈黙。煙草の煙だけがむなしく漂っている。

 大樹はほとんど吸わないうちに短くなった煙草を、灰皿でもみ消すと腕を組んで短い溜息を洩らした。

「もしその運命を信じるなら、」

 朱音がパッと大樹に顔を向けた。

「お互いに運命を感じなかった俺と朱音はどうしてここに一緒にいるんだ?」

 どうしてだろう。それこそ運命だと朱音は思いたいが、大樹の言う通りお互いに運命のうの字も感じなかった。

「朱音が運命の出会いを信じているならそれは俺じゃないって事だよな。この先そんな出会いがあれば 朱音はそいつを選ぶのか?」

 まさか。朱音には大樹以外の男など考えられない。もし他に運命の出会いをする人がいたなら、とっくに出会って いるはずだ。今またこうして大樹と一緒にいるはずがない。
 朱音はぶんぶんと大きく首を振るが、大樹は見ていなかったのか話しを続けている。

「逆を言えば俺だって同じだ。運命を感じた女のもの。朱音はそれでいいんだ。それでも運命だからだと」

 大樹の口調はあきらかに不機嫌。べつに大樹を怒らせるために こんな話をしたわけじゃないのに…

「いいわけないじゃん…。大樹以外はダメ。大樹じゃなきゃイヤ…」

 さっきまでの不機嫌は何処やら、大樹は朱音の言葉に満足したように口元を緩ませた。

「ほら、だから運命なんて当てにならない。だいたい会った瞬間に感じた運命なんてただの偶然を勘違いしている だけかもしれない。逆にただの偶然が実は運命だったりする事もあるんだろうけど、気付かなきゃ それは果たして運命と言うのかね?俺に言わせりゃ気付かなきゃ運を捨ててるようなもんだ。 だから運命かどうかなんてその場でわかるはずなんかない」

 大樹の言っている意味が、朱音にはわかるようなわからないような…
 ちょっぴり小首を傾げ、考える仕草の朱音に大樹はふっと笑った。

「でも俺は運命を信じるよ」

 は?と眉を寄せる朱音。

「なによ、さっきは信じないって言ったじゃない。もう、どっち?大樹の言ってる事ってほんといつもわかんない」

 唇を少しだけ尖らせる朱音に、大樹は小さく笑うとゆっくり近づいて来た。

「それは初めて会った時に感じる運命の話しだろ」

「じゃあ大樹が信じてる運命ってどんな運命?」

「わからない?」

 大樹は朱音の隣に再び腰掛けると、小首を傾げる朱音の頬を両手で包み込んだ。

「朱音とこうなる運命」

 重ねられた唇。優しい眼差しで見つめながら大樹は角度を変えて何度も朱音の唇をついばんだ。

「ふふっ、それってキスする運命?」

 大樹の瞳を覗きこむよう上目遣いの朱音に、もう一度触れるだけのキスをすると大樹はフッと笑った。

「仮に朱音との事が運命じゃなかったとしても、俺は運命に逆らってでも朱音を離さない。 俺も朱音以外は考えられない」

「逆らっても一緒ならそれも運命じゃないの?」

「そういうこと。これが運命だと思えば運命だし、運命じゃないと思えばそれは運命じゃない。それに運命って 恋愛だけに限った事でもないだろ?出会いや偶然が重なって今の自分がいる。そして後からわかるんだな、 そうか、あれは運命だったんだって。気付かなければ今自分がどうするべきかきっとわからずじまいなんじゃない? そんなもんだと俺は思うけど」

 またまた朱音は小首を傾げる。大樹の言っている事がわかるようなわからないような…
 そんな朱音を見て大樹は目を細めた。

「だ・か・ら、朱音とまたこうして一緒にいるのは運命だと思うってこと。もう一度朱音を口説こうと思ったのは 朱音が俺の運命の人だからだよ。逆らっても結局そうなるなら、運命以外の何物でもないだろ」

 ぽっと頬を染める朱音。
 自分でもクサイセリフだと大樹は思うが、朱音のこんな顔が見られるのならクサかろうが キザだろうがどんな言葉でも言える。
そしてそんな朱音を襲うのもまた別のお楽しみ。

「大樹…」

「ん?」

「ちなみに逆らうって何したの?まさか…!ブロンド美人と何かあった?!何もないって…うそ?!」

「・・・・・・・」

 おいおい、今頬を染めたのは何だったんだよ…
 あ〜あ、朱音だけは思い通りにいかないんだよなぁ。
 しかし、どうして毎度どうでもいいことだけ耳に残るかね?

「あっ、今マズイって顔してるよ!だいたい変だと思ってたんだから、エロ大樹が二年も清い生活なんて 絶〜〜〜〜っ対に無理なんだから!」

 相手にするのもめんどくさい、勝手に言ってろ。と内心呟きそっぽ向く大樹。

「あ、あ、あ!黙秘権?!うわっ、なになに?ほんとって事?ちょっと、なんでいつもみたく理路整然と 屁理屈言ってこないの?!ね、なんで?なんで?!言ってよ、屁理屈!」

 気のせいか頓珍漢がパワーアップしてる?
 まあいいか、これでこそ朱音だしな。

 そっぽを向きながら思わず口元がニヤける。考えてみればこれは朱音のヤキモチだ。そう思えば満更悪い気は しない。いや、むしろもっと妬かせたい。

「そんなに屁理屈言わせたい?」

「だって言わないなんておかしいもん。黙秘なんて疾しいからだよ!」

「あ、そう、じゃあ言うよ。あのさ朱音…」

「ちょ、ちょっと待った!!」

 自分でリクエストしたくせに、言いだそうとした大樹の口を両手で塞いだのは朱音。

「や、やっぱいいや。なんか嫌な予感がする。きっと大樹のことだから、ブロンド美人よりいいって事 証明しようか、とかなんとか言っちゃってさ……!!」

 ここまで言って、ヤバいと思ったのか朱音が自分の口を手で塞いだ。

 お、なかなか察しが良い。まあ、当たらずとも遠からず、だな。
 でも、朱音、自分で振ったんだから覚悟しておけよ。

 大樹の瞳が意地悪に変わった寸間を目撃してしまった朱音は思わずヒヤリ。
 大樹は大樹でそんな朱音を見てにやりと片方の唇をあげた。

「言っちゃってさ、の続きは?」

「え、あ、ああ、べ、別に、大樹ならそう言うかな…なんて」

「違うだろ?俺じゃなくて朱音がそう思ってるんだろ?」

「え?え?」

「シラ切るつもり?ブロンド美人より私の方が良いって証明する、って言っただろ」

「は?え?えっ?!ええっ??!!い、い、言ってないって、言ってないよそんな事!」

「あれ?そうだった?おかしいな、俺にはそう聞こえたけど。で?ちなみに朱音の何が良いって 証明しようとしたの?」

「な、な、なにって…あ、それは…その…」

 少しずつ迫って来る大樹に、朱音も少しずつ後ずさり。

「仕方ない、朱音がわからないならそれが何なのか俺が証明するしかないな。あ、言っておくけど誘ったのは朱音だから 文句言うなよ」

「さ、誘ってないし!って、な、な、何するのよ!」

「そんなのわかってるくせに。証明するにはこれが一番手っ取り早い」

 危険を察知した朱音だが、ほんの一瞬逃げるのが遅かった。咄嗟に腕を掴まれあっという間に ソファの上で押し倒されている。

「お、襲う気?!」

「いや、証明する気」

「こ、ここで?」

「もちろん。なにもベッドじゃなくたって愛し合える。なんなら今度俺のオフィスでしてみる?景色はいいし、 副社長室でなんてそうそう体験出来るもんじゃないぞ」

 大樹が言うと冗談に聞こえない。いや、絶対にそのつもりだ。

「バ、バッカじゃない?!絶対に行かないしやらない!そんな経験しなくていい! つーか、会社でそんなことすんな!」

 顔を真っ赤にする朱音にふふんと大樹が鼻で笑った。

「あ、そう。あんなスリリングで楽しい事しないなんて勿体ない」

「スリリングって…だ、大樹した事あるの?!」

 予想通りの答え。

「さあ?どうだろう。試してみればわかるかもな?」

「だ、誰が試す…か…!!んっ…ん…んん……」



 朱音を黙らせるには唇を塞ぐのが一番効果的。有無を言わせず深く押し付ければ、ほら、大人しくなる。

「そうだ朱音、ついでに俺達が運命だって証明もする?」

 いつの間にか大樹の首に腕をまわしていた朱音が、頬を紅潮させて大樹を見上げた。

「…どうやって?」

「一晩中愛し合えばわかるんじゃない?」

 はぁ?と眉を寄せてから、クスクスと朱音が笑いだした。

「エロ大樹。結局それ?」

 ふっと大樹が笑った。そして朱音の首筋にすーっと唇を這わすと上着の裾からそっと手を忍びこませる。

「それも運命、諦めろ」



――  ◆  ――  ◆  ――




 一方、やけ酒中の真菜と言えば…

「聞いてます?!斎藤主任!絶〜〜っ対にあれは運命なんですぅ!野原さんとだなんて、あっちが勘違いなんで すぅ!ね、聞いてます?!」

「はいはい、運命よ運命、間違いなく運命」

 何度めだろう、これを聞くのは。
 あ〜あ、こんなに酒癖が悪いならこんなに飲ませるんじゃなかったと、凜子は少々後悔。

「斎藤主任!!」

 すっかり目がすわってる真菜。右手にはしっかりとグラスを握りしめまだ飲む気でいる。

「凜子さんでいいって言ってるでしょ」

「じゃあ凜子さん主任!こうなったらですね、私が目を覚まさせてあげるんです。うふふ、いいですか、 これ、重大発表ですよ〜」

「だから主任はいらないって言ってるの」

 いったい何の発表をする気なのか。
 正直凜子は真菜の重大発表よりも終電の時間の方が気になる。もっとも、この酔っ払いを 電車で帰らせるのは無理そうだが。
それにしても、よく飲む。

「あのですね〜、野原さんより凄い企画をすればいいんですぅ。ね、ね、事務係は卒業ですよ! 私の方が優秀ってわかれば副社長だってきっと目が覚めるんです!ね、凜子さん主任!」

「だから主任はいらないって」

「だ・か・ら、やっぱり運命に人なんです、彼は。うふふ…しっかし、何度見てもいい男ですねぇ」

 すっかり酔って目を泳がせながら重大発表をする真菜に、凜子はクスッと笑った。
 まあ、ある意味運命の人かもね。あんなに嫌だった企画室の仕事をやるって言わせたんだから。

「うう〜っ、それなのにどうして変人野原さんなんでしょう?どうしてですかぁ凜子さん主任?!」

「何度言わせるのよ、主任はいらないのよ!」

「そんなこと聞いてませんよ、どうして女変人か聞いてるんです〜」

 完全な酔っ払い。凜子はふぅと溜息を吐くと真菜の質問ににやり笑って答えた。

「運命だからでしょ。いいこと教えてあげましょうか、マナーナの運命の人、実は変人が好みなのよ。 振り向かせたいならあんたも変人になってみたら?」

 酔った頭でわかっているのかどうなのか、真菜はにっこりと笑った。

「は〜い。じゃあ私、変人になります!ってなわけで、凜子さん主任、これから変人指導、 よろしくお願いしまーす」

 って、なるのかい?!
 恐るべし、運命の力。

THE END





感想などいただけると嬉しいです。誤字脱字も コチラから

inserted by FC2 system