番外編 君を迎えに おまけ




 朱音は大樹に促されて、かつて自分の部屋として使っていた二階の部屋のドアを開けた。
 二年前に出て行った時と同じ景色の中で、唯一違っていたのはベッドの上に置いてあるマンボウのぬいぐるみ。

「モドキ!」

 朱音は駆け寄るとモドキを胸に抱きしめベッド脇に腰を下ろした。

「久し振りだね、モドキ。でも生きてて良かったぁ、とっくに捨てられてると思ってた」

 懐かしそうにモドキを眺めては頬ずりしたり、また抱きしめたりする朱音に大樹は目を細めた。

「気のせいかモドキ綺麗になってる」

「クリーニングしたんじゃない?」

 大樹はゆっくり近づくと朱音の隣に腰をおろした。

「朱音」

「ん?」

「俺と再会した時より喜んでない?」

「だってモドキにまた会えたんだよ?喜んじゃダメなの?ね、モドキ」

 そう言いながらぎゅっとモドキを胸に抱きしめる朱音の腕から、大樹はモドキをそっと取りあげた。

「モドキの出番は今じゃない。本物がいるんだから抱きつくならこっち」

 朱音の肩に腕を回し抱き寄せ見つめる。
 長かった髪は肩で切りそろえらていた。前髪を薄く下げた朱音は以前より大人っぽく印象だが、 その表情や仕草はやはり歳よりも若く見える。

 頬が少しシャープになった。
 連れ出して大樹が見立てたミニのワンピースが体のラインを綺麗に見せているが、 肩を抱き寄せた腕が確信する。朱音は少し痩せた。
 しかし大樹を魅了して止まない朱音の唇はそのままで、どちらともなく甘いキスを交わしていた。



「ここで襲っていい?」

「もう、大樹さっきからそればっかり」

「ずっとしてないんだから仕方ないだろ。朱音は俺が欲しくない?」

「だ・か・ら、男と女は違うの」

 頬を染めて怒った顔をする朱音はたまらなく可愛い。

「嘘だね。だったら思い出させてあげようか?朱音の体は正直だからな」

「いちいち口に出して言わないでよ、もう!」

 ささやかな抵抗と少し体を離してみたが、大樹はニヤっと笑うと唇を押しつけて来た。徐々に深くなる 口づけに朱音の体は自然と大樹に密着して、もっとしてとキスをねだる。
 大樹はそんな朱音から唇を離すと目を細めた。

「ほら、やっぱり欲しいだろ。だったら早く下に行こう。二年分愛さなきゃならないんだ、時間がもったいない」

「に、二年分?!い、いいよ、一日分で!」

「そうはいかない。二年分」

「じゃ、じゃあ分割で!あ、明日も仕事だし…!」

 必死に訴える朱音に大樹はアハハと笑いだす。

「分割か。――やっぱり朱音は面白い。いいよ、分割で譲歩。ただし利息分は今夜貰うからね」

「えっ、なんで利息がつくのよ!」

「それだけ朱音が欲しいってこと。さ、行くよ。これ以上悶々してるのは体に悪い」

 大樹は朱音の手を握ると立ち上がった。

「もう!自分勝手なんだから。利息を付けるなら大樹をクーリングオフする!」

 眉を寄せる大樹。

「この俺をクーリングオフ?」

 腰掛けたままの朱音を見れば、上目づかいに睨んでいる。大樹はフゥと溜息を吐くと 睨む朱音の前にひざをついて目線を合わせた。

「マジで言ってる?」

「利息が付くならね!」

「しょうがない。じゃあ利息は諦めるよ。でも朱音が欲しい気持ちは変わらないからな。 俺は自分勝手だけどその分いくらでも朱音を甘やかすよ。どんなわがままも聞いて やる。どんなお願いも叶えてやる。朱音がずっとそばにいてくれるなら俺はなんだってする。 それが俺の愛し方。俺にはそれしかできない。それでもクーリングオフする?」

「べ、別に本気でクーリングオフする気じゃないし…。 て、照れるじゃない、そ、そんな真剣な顔で言われたら…」

「真剣な顔にもなるさ、朱音を愛してるから」

 朱音の頬がほんのり染まる。くすぐったい気持に口元が緩んだその時だった。 大樹はにっこり笑うと、立ち上がりざまに朱音を自分の肩に担ぎあげた。
 朱音はいい気分の余韻に浸る間もなく いきなりのこんな体勢に驚いて足をじたばたさせた。

「ちょ、ちょっと、下ろしてよ大樹!」

「暴れるな。こうでもしないとなかなかベッドに入れそうにないから、強硬手段」

「行くから!大樹のベッドに行くから下ろして!」

「ダメ。このまま連れて行く」

 それは甘くて激しい、長い夜の始まり。



――  ◆  ――  ◆  ――




 とっくに知り尽くしている朱音の肌に触れると、すぐに大樹は官能の世界へ堕ちて行った。
 朱音の潤んだ瞳と魅了してやまない唇。この腕で朱音を抱きしめる悦びはどんなものにも代えがたい。

 朱音の中は暖かく、ずっと大樹を待っていたとばかりに締めつけ離さない。うっすらと開いた唇から洩らす声が 大樹を更なる快感へ誘う。

「あ…あ…あっ…」

「…はっ…朱音…いくよ…」





 久々の満足感に力尽きた大樹は朱音の胸の中に顔を埋めた。大きく胸を上下させ呼吸する朱音の顔を覗き込むと チュッと触れるだけのキスをして、放出したものの処理をすると朱音の隣に体を移し抱きよせる。

「朱音の中は気持ちいい」

 朱音の髪に唇を寄せ囁くと、ふふふっと朱音が笑った。
 少しだけ細くなったが、大樹にとってはすっぽり収まる朱音の大きさが一番抱き心地がいい。そして変わらずに ぴったり吸いつくように納まる。

「朱音」

「ん?なぁに?」

「二年も…待たせてごめんな」

 朱音が顔をあげた。そしてにっこり笑った。

「待ってなかったよ。だから今大樹と一緒にいるのがとっても嬉しい」

 以前と変わらない笑顔に大樹は言い知れぬ安堵感を覚えた。それでもひとつ、どうしても気になることがある。

「なあ朱音、結婚を申し込まれた年下の男って誰?凜子さんに言わせると将来有望なんだって?」

 え?と、朱音が驚いたように目を見開いて、大樹の顔をじっと見た。

「なんで知ってるの?」

「東吾に聞かされた」

「あれ?大樹妬いてる?」

「そんなこと聞かされれば面白くはないな」

 ふんと鼻を鳴らす大樹に、朱音がクスクス笑い出した。どうやらヤキモチ焼きなのは変わってないようだ。 だったらもう少し大樹にもやもやしていて貰おうと朱音は思った。強引にベッドに連れ込んだ仕返しに。

「うん、申し込まれたよ。真剣な顔でお嫁さんになってって。だってね、物凄く可愛い顔してるんだよ、私が守って あげなきゃって思っちゃった。こんな想いもいいかなって、だから考えておくねって返事をしたの。でも 誰だかは教えてあげない」

 大樹の片方の眉が僅かに上がった。ちょっぴりイラついた様子でチェッと舌打ちをする大樹が、朱音には 可笑しくて仕方ない。

「ふん、残念だけど朱音は俺のもの。朱音は俺でないと満足出来ないはずだ。体も心も、全てにおいてな」

 言いながら朱音の首筋に吸いつく大樹。まだ熱の冷めない朱音はすぐに感じてしまう。

「あ…ん…」

「で、誰?」

「お…しえない…」

「ふ〜ん、そう、言わなきゃ二年分だよ」

「あ…あぁ…ん…や…そんなに…無理…」

 どうすれば朱音が感じるかなどとっくに承知の大樹に、朱音をその気にさせることなどたやすいこと。すぐに体を くねらせる朱音に、大樹は意地悪そうな顔を向けた。

「さあ、どっち?二年分?止める?」

「に…二年分は…無理…」

「じゃあ止める?」

 大樹の愛撫は止まらない。とっくに火のついた朱音の体はもう大樹が欲しくてたまらない。

「…止めないで…」

 大樹はぴたり指の動きを止めるとニッと笑った。

「続けて欲しいなら誰だか言うんだな」









   朝、目覚めると大樹が満足そうな顔で朱音を見つめていた。

「おはよ」

「…ん…おはよ。もう起きてたの…?」

 大樹は朱音の額にキスをすると腕の中に抱き寄せる。

「朱音の寝顔見てた」

「ふふっ、腑抜けな寝顔を?」

「いや、可愛い寝顔。――いいね、目が覚めた時に朱音が隣にいるって」

「そう?」

「ああ、これほど幸せを感じる瞬間はない」

「こんなんで大樹は幸せなの?」

「そうだよ、だってほら、こうしてすぐにでも朱音を抱けるじゃないか」

 言うが早いか、大樹の唇は既に朱音の胸に吸いついている。

「だ、大樹!ダメだよ!会社だって、遅刻しちゃう!もう…ヤダ…」

「イヤじゃないくせに。それにまだ時間はある」



――  ◆  ――  ◆  ――




 時間は戻って前日の東吾と凜子

「さて、そろそろ戻ってもいい頃かな」

 秘書課で時間を潰していた東吾が時計を見ながら言った。

「ふん、口説きに戻って来るならなんで別れたりするのよ。ほんとあの男のすることはわからないわ。 いっそのこともう一度フラれたらいいのよ。泣いてる顔見て思いっきり笑ってやるんだから」

 凜子がデスクで腕を組みながら悪態をついている。

「そんな事言っていいの?一番やきもきしてるの凜子さんじゃないか」

 凜子は東吾の顔をちらっと見ると溜息を吐いた。

「まあね、朱音の事を思えば大樹と一緒にいるのが一番いいのはわかってるのよ。でもねぇ〜」

 ここで凜子はもう一度大きな溜息を吐いた。

「うちの子、5歳で失恋を経験するなんて可哀想。真剣に結婚する気でいるのよ。見てるこっちがいじらしくなる くらい。ま、いくらなんでも相手が悪かったわ、大樹相手じゃねぇ」

 首を左右に振る凜子を見ながら、東吾はクスっと笑った。

「そうでもないよ。凜子さんの言う通り将来有望かもしれない」

「何言ってるの。そんなの親の欲目に決まってるでしょ」

「そうかな?だって、凄いじゃないか、5歳にしてあの大樹を動揺させる存在なんてそうそういないと思うよ? 楽しみだな、ライバルが5歳の幼稚園児って知ったら大樹はどうするんだろ」

「やめてよ、5歳にしてうちの子が潰されるわ。将来有望もなにもないじゃない」





 そんな親の心配は無用。
 年下の男が5歳児と知った大樹が潰したのは朱音の分割の申し出。

「だ、大樹、もう出来ないって…!分割って言ったじゃない!」

「利息なしなら当然一括だろ」

「ちょ…だったら大樹をクーリングオフ!」

「あ〜、もう遅い。俺は一度使用するとクーリングオフ出来ないんだ。しかも一生そばにいる特典の 変更も不可」




番外編 君を迎えに END






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