6 お試しデートの勧め -4




「は????」

 ――俺と君が結婚するらしい。

 本人も知らない情報を聞かされ、朱音は目を丸くして大樹を凝視したまま今日何度目かの フリーズ。
 でも頭の中はぐるぐると何かを考えているが、実は自分でも何を考えているのかわからない。
 すぐさま我に返るといたって冷静に椅子に座る大樹に腹が立ち、つかつかと自分から近づ き真正面に立ちはだかると真っ赤な顔で抗議する。

「何がどうなると結婚なの?!」

「さあ?俺が聞きたい」

 まるで他人事、小首をかしげる大樹の態度に朱音はさらに腹が立ち、

「ちゃんと訂正してよ!」

と大樹に向って大きな声をあげていた。

 そんな朱音など気にも止めず、大樹はいたって冷静にまるで仁王様の如く立ちはだかる朱音 を見上げた。

「もちろん訂正するよ、結婚は」

「結婚は?」

 結婚は、結婚は、結婚は・・・・
 朱音の中で同じセリフがリフレイン。

 ――なんだこの中途半端な答え。結婚は、って他は訂正しないの?

 目の前の男はなんだか意地悪そうな顔つきでこの状況を楽しんでいるように見える。

「ちょ、ちょっといい?私の考え違いでなければ、結婚は訂正するけどあのお芝居は訂正 しないって事?!」

「あたり」

「あ、あたりって……!!!」

 にっこり微笑む大樹を見た途端、頭に一気に血が上り過ぎて頭がクラクラしてきた。
 朱音はこめかみを押さえると、落ち着け!と自分に言い聞かせ、チョコやキャンディーの 入った籠の前に椅子を持って来るとストンと腰を下ろした。
 すぐさま籠に手を伸ばすと中身を手の中に掴めるだけ掴んで自分のすぐ前にばら撒き、チョコだけを選り分ける。

 大樹は朱音の不可解な行動をすぐ隣で見ていると、彼女は選り分けたチョコの包みを剥が し次々と口の中に放り込んでゆく。
 その間、まるで隣にいる大樹の存在など忘れているように、ただひたすらチョコを頬張る。

 選り分けた最後のチョコを頬張り、口の中で溶けてなくなると朱音の気分はだいぶ落ち着いて、 一度大きく息を吸い込み大樹に向き合う。

「どうしてお芝居は訂正しないの?」

 やっとチョコを頬張る以外の行動を起こした朱音に、大樹は待ちくたびれた様子で答えた。

「その方が都合がいいから。しつこい縁談から逃れられるからね」

「私の都合は?」

「不都合でも?彼氏がいるから困る?」

「彼氏なんてい・ま・せ・ん」

「じゃあ好きな人がいるとか」

「い・ま・せん!!って言うか、いるいないは関係ないでしょう?あの時はただ話を合わ せてって言われただけだし」

「まあね。でも君は拒否する事も出来たと思わない?嫌なら違うって言えば良かったんだ。 でもそうしなかった。つまり自分からこの芝居に飛び込んだんだ。飛び込んだ以上最後 まで責任もって協力しなきゃ」

「そんなの屁理屈!!」

 無理矢理自分の都合のいいように理路整然と理屈を並べる男に、怒った顔で睨みつけても 何の効果もないだろう。
 でも何もしないよりはした方がいいに決まってるし、今だって嫌なら言えって言った。

 頭の中でそう思いながら今度はチョコだけを狙って朱音は籠に手を伸ばす。

「屁理屈でも何でも言うさ、とにかくしばらく嘘を本当にしたい」

「意味わかんない。分かるように言ってよ」

 屁理屈野郎が次に何を言っても落ち着いていられるよう、手にしたチョコの包みを剥がし口 に放り込む。
 だけどその準備も整わないうちに矢は放たれた。

「フリでかまわないから、俺の恋人にならない?」

「はあ??!!……グッ、ゲホっ…」

 放り込んだチョコがむせて朱音は胸をトントンと勢いよく叩く。
 ただでさえドロッとするチョコでむせたのだから、喉にへばりついてなんだか苦しい。

 んっ、んっ、と、胸から上を前にかがめ何度も胸を叩いていると、いつの間にかすぐ横ま で急接近している大樹の腕が背中に伸びて来て擦ってくれている。
 背中に触れられ朱音の鼓動が不意に早くなる。
 前かがみで顔だけ大樹に向けると、大樹も朱音の顔を覗きこんでいて目と目が合うと速く なった鼓動が一回ドッキンと飛び跳ねた。

「何か考えるのにこれ食べるの癖?」

 顎で籠を指す大樹に、むせて口がきけない朱音は大きく頷くと、速い鼓動を落ち着かせる ため深呼吸をした。

 何度も息を吸って吐いてを繰り返し、ついでにこの馬鹿げた提案を諦めてもらう為にどう したらいいか考えた。
 んっ、と喉を鳴らしてチョコのつかえが取れたのを確認すると、朱音はやんわりと背中の 手を払いのける。

「フリなら私じゃなくてもいいんじゃない?あなたモテそうだしいくらだっているでしょ」

「無理」

 間髪入れずの即答に朱音がムッとする。

「なんでよ、フリなんだから誰だっていいじゃ……!!」

 話の途中で舐めかけの棒付きキャンディーを、タイミングよく大樹に口に押し込まれた。

「そのアメ玉舐めてよく思い出して。顔も名前も知られちゃってるんだよ?」

 間近に迫った大樹の瞳に真っ直ぐ見つめられ、朱音はキャンディーをくわえたままでまた フリーズした。
 大樹はさらに顔を近付け口角をあげると、朱音のくわえているキャンディーの棒をクルク ルと廻し始める。

「固まってないで考えて」

「ひょっほ、、ひゃへへ!!(ちょっと、、やめて!!)」

 朱音は咄嗟に大樹の手首を掴んで睨むとすんなりと棒から手を離してくれた。
 近すぎる大樹からめいっぱい背中を反らせると、大樹はクスッとひと笑いして体を 元に位置に戻した。

「どう?やっぱりやるしかないって思うだろ」

 顔を知られたくらいでそんなこと思うわけないでしょ!

 口からそう出かかった瞬間、朱音は顔と名前を知られていても恋人のフリをしなくて済む 最高の解決法を思いついた。

「別れたことにしましょう!ほら、解決」

 厭味なくらいにっこり笑いかけると、大樹はハァ〜と聞こえるくらい大きな溜息を吐く。

「そこに気付いたか。そうだな、別れたことにすれば別に誰だっていいよな」

 残念そうな顔で呟く大樹に、朱音は心の中でガッツポーズ。
 振り回されっぱなしの大樹に勝てた気がして、朱音はやめておけばいいのについ余計な 事を言ってしまう。

「でしょ?だいたいいくらフリだって無理無理。だって私は東条大樹さんのこと何も知ら ないし、あなただって私のこと知らないでしょ。それが友達ならまだしも恋人なんて ぜ〜〜〜〜ったいに無理!」

「確かに何も知らない」

 大樹の答えを聞くまでもなく、朱音は腰を上げると籠の奥に置いてある自分のバッグに手 を伸ばし、大樹を無視して身の回りをかたし始めた。

「てことで話はもう終わりでいいですよね?だからちゃんと別れたってことで訂正してく ださいよ。私もう帰りますから東条大樹さんもさっさと帰ってください」

 大樹に顔を向けると、朱音の話など聞いていないようにパソコンを再起動させている。
 朱音は話を聞いていない大樹にムッとしたのか、勝手にパソコンを再起動させた事にムッ としたのか自分でも分からなかったが、勢いで大樹の真横に一歩近づくと肩をポンと叩いた。

「ちょっと!聞いてました!?東条大樹さん!!」





感想などいただけると嬉しいです。誤字脱字も コチラから

inserted by FC2 system