村上はウェイターにお勧めのコースを人数分注文した。
ワインを勧められたが、東吾もこれから仕事に戻るし大樹も車なので断り、その代り東吾は間を空けずに料理を
持って来るように頼んだ。
注文を終えると男性陣は前置きなく今後について話し始める。
朱音の隣に村上、村上の前に大樹、朱音の前には東吾が座り、時折村上が朱音にこれはどうだったかと尋ねられた
時だけ、朱音は簡潔に答え、後は三人の話を話し手の方に顔を向けて聞いているだけだった。
たまに東吾と目が合うと口元で笑いかけてくれたが、大樹とは全くと言っていいほど目が合う事はなかった。
明らかに朱音を無視しているようで、朱音が村上の質問に答える時も見ていない。
この人に私は見えていない。ま、ただのなんでも屋だしね、それに難しい話はわからないし。
かえって無視される事で朱音の気は楽になっていった。
その時、前菜が運ばれてきた。
黒服が丁寧に料理の説明をしてくれるが、男たちはその説明を聞いているのかいないのか、黒服が説明を終えると
一口、また一口と食べる。
もちろん肝心のお仕事も忘れず、時に手を止め話は進む。
見た目にも美しい料理を目の前に、朱音はすっかり開き直って食べる事に集中すると決め込んだ。
幸い、東吾が間を空けずに料理を持って来るように頼んでいたので、前菜が食べ終わる頃にはスープとパンが運ば
れ来た。
美味しい。
朱音はすっかり今の状況を忘れて料理を味わった。
黙々と食べることで無視されているのを忘れることにした。間を空けず運ばれてくる料理に手持無沙汰になる事も
ない。
でも、どうであれ料理はとっても美味しい。
美味しく食べなければ作ってくれたシェフに申し訳ない。
メインの魚料理、鯛のポワレを綺麗に平らげると、次は肉料理の牛ほほ肉の赤ワイン煮が登場した。
だいぶお腹は膨れてきたが、この頃になると男たちの話は実務的な話になり、もう朱音に何か尋ねることなどなく
朱音はもう料理しか見えていなかった。
朱音はほほ肉を一切れナイフで切ると口に運ぶ。
なんて柔らかいの!噛まずに溶けていく。
思わずにんまり笑ってしまう。と、同時に今まで絶対に感じることのなかった方向から、視線を感じて瞳だけをそ
の方向に向けてみる。
ギョッとした。その視線の主は東条大樹。
水の入ったグラスを口につけたままばっちり朱音と目が合った大樹は、ゆっくりグラスを置くと片方の唇の端を少
しあげてにやりと笑った。
大きく口を開け肉を頬張り、思いっきりアホ面だったかも!?
朱音は急に恥ずかしさが込み上げ顔が真っ赤になった。
口に入れた肉を無理矢理飲み込もうとしたが、喉につかえて上手く飲み込めない。
慌ててグラスに手を伸ばし、水を一気に飲み込みちらっと大樹を見ると、しっかり目撃していた大樹はまたニヤッ
と笑う。
散々無視をしていたのに、こんな時はしっかりと存在を認められていることに、朱音は更に恥ずかしさが増し、自
分の目の前の皿に視線を戻すと、顔がカーッと熱くなる。
それをどう誤魔化していいのかわからず、朱音は再び黙々と食べるしかない。皿の上のただでさえ小振りな肉に必
要以上ナイフを入れた時、まるで助け船かのように東吾がそうだ!と声をあげた。
「難しい話は大樹に任せるとして、なあおやじ、最近ヴィラで小さなイベントやってるだろ。あれは誰の企画?そ
れとウェブデザイナーも教えてくれると嬉しいんだけど」
「なんだそのウェブとやらは?」
小首を傾げる父親に東吾はそんな事も知らないのか、と眉を寄せる。
「ヴィラのホームページを作った人のことだよ」
「おお、ホームページか、あれはおまえがやったんじゃないか」
忘れたのか?と、呆れ顔を向ける父に東吾はフンと鼻を鳴らした。
「大昔にね。つい最近まで忘れてたけど。思い出して見てみたら結構変わってて驚いたよ」
「ほお、原作者として勝手な編集は気に入らないか」
「いや、その反対。よくあそこまで面白くしたもんだと感心した。俺のチームに欲しいくらいだよ」
「欲しいと来たか。でも教えてやらん」
「どうして?」
「どうしても」
「何もったいぶってんだよ。いいよ、朱音ちゃんに聞くから」
いきなり東吾が期待した様子で朱音の顔を覗きこむが、親子の問答など聞き流しながら食べることに集中していた
朱音は、急に自分の名前が出てきてまたもや肉が喉につかえそうになる。
それを何とか飲み込むと、東吾と別にまたもや斜め前から視線を感じた。
今度はあえてその視線の方を見るのを避け、朱音は東吾だけに目を合わせる。
「社長が教えないって言ってるのに私が言うと思う?」
東吾相手についつい口調が普段どおりになってしまう。
「しばらく会わないうちに冷たくなったんじゃない?ま、そのうちわかるからいいけどさ」
そう言いながら東吾は斜に構えて朱音と父の顔を交互に見ると、朱音と村上が顔を合わせクスッと笑った。
「なんだよそのクスって」
東吾がもったいぶる二人を軽く睨みつけると同時に自分の携帯の着信音が鳴り響いた。
悪い、と手をあげ部屋を出た東吾が一分もしないうちに戻って来ると
席に着くなり、
「悪いけどこれだけ食べたらすぐ社に戻るから」
と言って、目の前のごちそうを素早く食べ終えた。
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