11 二人きりの週末 -3




 水族館をひと通り見て回り、朱音は一番最後に必ずあるお土産コーナーで、クッションになりそうなカラフルな マンボウのぬいぐるみをしっかり買い込んだ。

「どこに置く気?」

「決まってるでしょ、ソファ。――ダメ?」

 ダメか聞くってことはうちのソファだよな?

 出来ればご遠慮願いたい大樹だが、朱音はとても気に入っているようだし、ここでダメと言ってまた機嫌が悪くなっても 困る。誰が来て見るわけでもないので仕方なく頷いた。

 嬉しそうに笑う朱音と水族館を後にした二人は、恵比寿で遅いランチを取り、ウィンドーショッピングを楽しんだ。
 朱音に似合いそうな物を見つけては買おうとする大樹を、朱音は何度も制止しながら久々のデートなるもの を楽しんだ。

 あれほど気にしていた視線も、人混みにまじれば案外気にならないもので、気付けば辺りは薄暗くなってカップルばかりが 目につく。
 ライトアップされた建物は落ち着いた雰囲気で、街行く恋人達も足を止めて見入っている。



「夜景、見に行こうか」

 朱音はうんと頷くと、二人は自然に手を繋いで歩き出した。

 今朱音は、大樹に対して何の戸惑いもなく、恋人ごっこである事も忘れていた。まるで恋する一人の女。

 車に乗り込み、六本木ヒルズの大展望台へ向かう。

 360度ガラス張りの空間から見える夜景に、朱音は吸い込まれるように近づいて行った。

「綺麗」

 溜息まじりに呟く朱音の背中から大樹は腕をまわした。
 大樹の胸に朱音の背中がぴったり合わさると、朱音はあらためて大樹の胸の中にいる心地よさを感じる。

「こんな綺麗な夜景見るのデートじゃなきゃ侘しいね。大樹と一緒でよかった」

「気に入ってくれた?これ一応今日のメイン」

「ここがメインならデザートもあるの?」

「そうだな、もう少し夜景を楽しんでから考えるよ」

 大樹は双眸を細めると朱音の髪にそっと唇を寄せた。



――  ◆  ――  ◆  ――




同じ頃――

「もういい加減に最後にしてよ、リサ」

 ハンドルを握るリサの友人は、駐車場内の混雑にうんざりした顔で言った。

「わっかてるわよ」

 リサは不機嫌そうに答えると、窓から並んで駐車している車の列を眺めていた。

「リサったらどれだけ買い物すれば気が済むの?なんかあった?」

「別に何もないわ」

「男にフラれたでしょ」

「バカ言わないで、フラれるのは男でフルのが私」

「はいはい、そうだったね」

 見透かした友人の態度に、リサはイライラする。
 彼女の言ったことが半分当たっているからだ。
 あの夜以来、大樹から何の連絡もない。リサから大樹の携帯にかけても出ない。

 元々、フル、フラれるの関係ではないし、大樹一人がリサの男でない。しかし、あの夜のことと言い 大樹に無視されるのは気に入らない。

 リサにとって大樹は容姿、家柄共に申し分のない男だ。
 リサ自身、モデルとしてそれなりに 成功しているのだから、大樹の横に並んで引けを取らない美貌に自信はある。

 大樹に比べたら他の男達は目じゃない。彼はリサの欲しい物を全て持っている。
 どんな関係だろうと、たとえ愛人だろうと構わない。大樹とのつながりはだけは断つわけにはいかない。

 ――大樹ほど私に似合う男はいないし、私ほど大樹に似合う女はいない。

 これまでリサは一度としてめんどくさい我儘を言ったこともなければ、何も求めなかった。
 夜にホテルで会ってセックスして帰る。
 大樹が望んだのはそんな女。そんな女が自分以外にいるのも知っている。
 すべて大樹の都合のいいようにしているのに、なぜ彼は連絡を断とうとしているのかリサにはわからない。



 気付けば車がバックで駐車スペースに入っている。

 リサは何とも納得のいかない気持ちを抱えて大きく息を吸い込んだ。

「おっと、いい男発見」

 運転席の友人がハンドルを握ったまま、フロントガラス越しに目を凝らしている。
 そんな凝視するほどいい男なのかと、リサは友人の視線の先の目をやり、ハッとした。

 大樹!

「な〜んだ残念、女連れ。ま、あれだけの男だもん女がいて当然か。女も可愛いし、許す」

 あんたが許す問題か、と突っ込みながらリサは自分の目を疑った。笑顔の大樹が女連れでこんな所にいる ことが信じられない、しかも週末に。

 自分が大樹にとって特別でないことは承知している。
 しかし逆に言えば特別は誰もいないのだ。
 リサは今まで一度として週末に会ったことなどなければ、スーツ以外の大樹を見たこともないし、 ホテルで会う以外はほんの数回、仕方なく食事に付き合ってくれたくらい。
 それだっていつもポーカーフェイスでたまに笑ったとしても目が笑っていない。


 リサの心にめらめらと怒りに似た感情が湧きあがる。

「可愛い?どこが」

 リサは大樹の姿を目で追いながら冷たく友人に言い返す。

「え〜?だって可愛いじゃん。ひらひらワンピがよく似合ってるし」

「ただのチビガキよ」

「なに怒ってるの?そりゃリサにあんなカッコ似合わないだろうけどさぁ。なかなかお似合いのカップルだと思うよ。 一見クールそうな男にはホワッとしたこがいいのよん。 クールにクールじゃなんか寒〜い感じじゃん」

 人の気も知らず余計なことばかり口にする友人に、リサは小さく舌打ちをした。大樹を目で追って、同時に大樹の 眼差しを独り占めしている隣の女を睨むと、二人が高級そうな外車の前で足を止めた。

「わぁお、、ありゃいい男の上に本物の金持ちだね。マセラティ乗ってるなんてさぁ。ベンツやBMWじゃないところが 本物を感じさせるわ。天は二物を与えちゃうんだねぇ。羨まし、彼女」

 羨望の溜息を洩らす友人をよそに、リサはいま自分が怒っていると確信した。
 睨んだ視線の先の大樹は、チビガキの手を引くと助手席のドアを開け、紳士らしくチビガキを車に乗るよう促す。 チビガキの唇が動いて何か言うと大樹が微笑んだ。

 ――悔しい。

「ふん、あんなチビガキ、全然似合ってない」

 きつい口調で言い放すリサに友人は呆れた顔をした。

「リサ、フラれたからってラブラブカップルに当たるのやめなさいよ〜」

「フラれてないって言ってるでしょ」

「はいはい、わかったから。あんたのそのプライドの高さをね。ほら、せっかく来たんだから夜景でも見てリラックス リラックス」

 友人の言葉などリサの耳に入っていない。目の前を大樹の車が通過して行く。

 ――ふん、たいした女じゃない。

リサは朱音の顔をしっかりと目に焼き付けた。



――  ◆  ――  ◆  ――




「朝はシリアルにヨーグルト、それかフルーツにヨーグルト。だって早くて簡単でしょ」

「じゃ、それも」

 閉店間際の食品館に飛び込んだ二人は食料を買い込んでいた。

 なんだかんだと楽しい時間は過ぎるのが早い。
 気付けばこれから帰って『最後の晩餐』の支度をするのは 面倒な時間で、結局、それは『明日の午餐』に変更して夕食は軽く外で済ませ、帰り際食品館に寄ったのだった。

 最後に無糖ヨーグルトをカゴに入れ、会計を済ませレジを出ると、朱音はすぐ前のテナントのケーキ屋に目が 釘づけになった。
 買った物を袋に詰め、持つのは大樹と後を任せた朱音は、そそくさとケーキのウィンドーを覗きに行く。
 追いついた大樹が後ろから、どれが欲しい?と聞くので、朱音は遠慮しがちに一番小さなホールのショコラケーキ を指差した。

 今日一日、男が出すのが当然と支払は全て大樹の財布からだ。
 唯一朱音がこれだけは譲れないと自分で買ったのはマンボウだけ。
 だから朱音が欲しいこのケーキもきっと大樹が 払ってしまうんだろうと、でもどうしても甘いものが食べたくて、申し訳なく大樹を見上げる。

――せっかくケーキを買って貰うならもうひとつ欲しいものがあるんだけどな……

 大樹はそんな朱音を一向に気にする様子もなく、店員にケーキを包んでもらうと、まだ何か物欲しげに見上げてくる 朱音の視線に気付いた。

「ひとつじゃ足りない?」

 朱音は首を左右に振ると、店員に渡されたケーキの箱を持って迷わずリカーコーナーに進んで行った。
 ぐるっと一回りして目的のシャンパンを見つけると、手に取ってまたまた遠慮がちに大樹に見せた。

「これもいい?ケーキにはこれなの」

「ケーキつまみに飲むの?」

「え、おかしい?」

「いや、別に人それぞれだから」

「じゃあいいよね。私としては他の物はいらなくても、ケーキとセットで買って欲しいの」

 初めて朱音の口から買って欲しいと飛び出して、大樹はおや?と思った。
 欲しいものが服や宝飾品と言った残るものではなく、食べてしまえばなくなってしまうものとはあまりにも 予想外。

「買って欲しいものがケーキとシャンパンのセット?また何故?」

「そんなのどうでもいいでしょ。私には大樹が買ってくれることに意義があるの。だから今日のデザートはこれ」

 朱音は嬉しそうに袋に入れられたシャンパンを抱え、早く帰ろうと大樹をせかす。
 





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