5 昔の恋ばな その2




 携帯電話を耳に当てたまま村瀬さんを見て動けない私。
 なに固まってるんだよ。って村瀬さんは自分の携帯電話を折り畳むと、私の携帯に手を伸ばして自分の手中に収める。

「グッドタイミングだね結衣。なかなか電話するタイミングがなくて、定時で帰ってたらどうしようかと思った」

 私の携帯電話の通話を切って差し出す村瀬さん。

「もう帰ってても呼び出すつもりだったけどね」

 そう言って笑う村瀬さん。久しぶりに見た顔に思わず胸がキュンキュン締め付けられる。

「……どうして…いるの?」

「結衣の面倒は最後まで見るって言ったの忘れた?」

 いやいや、最後までって、こんな最後の最後まで仕事の面倒なんてどうでもいいのに。
 ん?ちょっと待って、ここにいるって事はまさかこれから仕事とか言わないよね?
 思いがけず村瀬さんに会えたのは嬉しいけど、お仕事ならノーサンキューですオーラを発したら、 村瀬さんはんん?って顔した。

「もしかして仕事するとか思ってる?そんな気ないよ。今日は結衣に会いに来たんだから。 さ、こんな所にいないで行こうか」

 社屋から皆ぞろぞろ出てきてるのに、村瀬さんは人目なんか気にせず私の手を握った。
 驚く暇もなく村瀬さんが歩き出したから、私の腕がピンと伸びる。

「え、あ、え?行くってどこへ?」

「二人で行くって言ったら和蘭芹。さっきマスターに電話した。待ってるから早く来いって」

 言いながら村瀬さんは速足で先に進んで、通りまで来るとタクシーに手を挙げた。

 私は横に並んで、遠くのタクシーがゆっくりとこっちに向かってくるのを眺めていたら、村瀬さんが私の手をぎゅって 強く握る。顔をそっと見上げると、彼は双眸を細めてそれはそれは優しく微笑むの。

「結衣に会いたかった」

 同時にタクシーが止まった。その音と重なって、私は都合のいい聞き間違いをしたんだと思った。
 でも、タクシーに乗り込んでも、村瀬さんは私の手をずっと握ったままで離してくれないから、捨て去ったはずの 淡い期待が私の胸を過ってしまう。
 ものすごく胸がドキドキしてきて、村瀬さんが握るその手が熱くて……

「結衣、逃げるなよ。今日は最後まで俺に付き合うこと」

 逃げるなって……

「送別会の時なんで先に帰った?待ってろって言ったの見えなかった? しつこい連中からやっと逃げ出したと思ったら結衣はもういないし。結局また捕まって 朝までだぞ、朝まで。おかげで週末の予定が全てパー」

 見えなかった?って…、ああ、あの時そう言ったんだ。

「ごめんなさい、見てなかった…」

 ううん、正確には見ていられなかった。

「見てなかった!?結衣〜、ちゃんと俺のこと見てろよ、俺だけを」

 いや〜、そう言われても……。あの時はとても見てなんかいられなかったし……

 と、言うより、やっぱりなんだかこの展開って…もしかして大いに期待してもいい?




 和蘭芹ではマスターが満面の笑みで私と村瀬さんを迎えてくれた。
 村瀬さんは私が席に着くまでずっと手を握ってるの。
 私が逃げ出さないため?それとも…。ううん、期待はしないでおこう。もし違ったら立ち直れない。
 だって卒業するって決めたんだもん。


 それにしてもマスターが今日はやけにニヤけてるのが気になる。  しかもマスターがお任せで持ってきたのは何故かシャンパン。

 シャンパンも嫌いじゃないし、こうして村瀬さんとここで食事をするのも最後だろうから、  自然とグラスを傾け乾杯。
 ちょっぴり甘いシャンパンが美味しい。

 次々とテーブルに並ぶ  美味しい料理とシャンパンに私のテンションも上がる。だってしんみりしたくなかったから。
 でも、テーブルに並んだお皿が少なくなって、シャンパンもなくなると急に寂しさを覚えた。

 急に私がしんみりしたせいか、村瀬さんも口数が少ない。
 しばらく二人沈黙して、村瀬さんが口を開いた。

「結衣は…俺のこと好きだよな」

 またそれですか?でもさすがに二度目なら私もそうそう驚かない。

「好きですよ、大好き。好き過ぎてどうしていいかわからないくらい」

 そう、はっきり本人に言って、すっきり後腐れなくこの想いから卒業。まさに最後に相応しい。
 精一杯の笑顔で言ったけど、本当は心臓が止まりそうなほど緊張してた。そして、涙も出そう。

「結衣、俺……」

 言いかけてやめる村瀬さん。
 何を言おうとしてたのかすごく気になった。でも泣き出しそうな私を見たら言えない?多分あの先に続く言葉はあまり聞きたく ない言葉……


「出ようか」

 村瀬さんが呟くように言って席を立つ。
 私を待たずに先に歩き出すと会計を済ませる。ここではいつも私に払わせてくれない。
 私が後から追いつくと、村瀬さんとコソコソ話をしてたマスターが、私を見てまたニヤニヤしてる。

「御馳走さま、マスター」

 私がマスターになんでニヤついてるのか聞こうとする前に、村瀬さんに腕を持って行かれた。
 店を出て、すぐに私は聞いたの、「なんかマスターったら、私の顔見てニヤニヤしてたんだけど」って。

 そしたら村瀬さん、ゆっくり歩き出しながらクスクス笑って言ったの。

「ああ、あれね。どうやらマスターは思い違いをしてたみたいだよ。俺が予約の電話をしたもんだから、結衣に プロポーズするんだと思ったらしい。さっき聞かれたよ、指輪は渡せたのかって」

「プ、プロポーズ!?」

 アハハ…、マスターらしい誤解だ。
 さっきのしんみりな気分はどこへやら、お別れするのにプロポーズなんて皮肉な誤解に笑えた。

「なんて答えたんですか?」

 可笑しくて笑いながら村瀬さんに聞いたら、村瀬さんも笑って答えてくれた。

「これから二人っきりになったらって答えた」

「ハハハ、もう、村瀬さん最後の最後まで誤解を解かなかったんですか?じゃあこれから和蘭芹に行けないじゃ ないですか。根掘り葉掘り聞かれたら私困っちゃう。別れましたでいいですかね?村瀬さん」

 けらけら笑ったら、村瀬さんはいきなり足を止めて、怒ったような、呆れたような、情けないような、なんとも 形容しがたい顔をして私を見たの。

「それマジで言ってる?結衣さ……、俺の気持ちわかってないだろ」

 はい、わかりません。

 そう思ったのがわかったのか、なんだかイラついてる村瀬さん。だって本当にわからないんだもん。

「結衣は俺が好きなんだろ、俺はおまえの気持ちを受け取った。意味わかってる?」

 だからわかんない!

 心の中でそう叫んだのを、村瀬さんはまたまたわかったみたいで、はぁ〜〜〜って長い溜息を吐いた。

「今まで俺の何見てた?こんな事ならさっさとこうすりゃよかった…」

 ボソボソって村瀬さんがこう呟いたように聞こえた、途端、私の視界が遮られる。
 え?って思ったら私はしっかり村瀬さんに抱き締められていた。何事かと顔を上げたら、すぐ目の前まで村瀬さんの 顔が迫って気付いた時には唇を奪われてた。

 目なんか閉じてる暇もなかった、驚き過ぎて開いたまんま。
 唇が離れた時、超至近距離の村瀬さんと目が合って、心臓がドッキンドッキン。

「こういうこと。わかった?」

 あ…、いや…、あの…、いまいちこの流れについて行けない私…
 え…、もしかして…、期待してよかったの……?

「結衣に一度でも触れたら止められる自信なかったから、ずっと我慢してたんだけどいい加減限界」

 やけに色っぽい瞳で私を見つめる村瀬さん……
 ねえ、やっぱりこの展開って……村瀬さんも私が好き?

「今夜は帰さないよ。最後まで結衣の面倒は見るって言ったよね。いいな、覚悟しとけよ、 今夜こそ絶対に逃がさない」


 ぎゅって強く私を抱き締める村瀬さん。
 その後、どうしたのか覚えてない。気付いた時には村瀬さんと裸で抱き合っていた。

 ガランとした部屋の中、ぽつんと置かれたベッドの上で、村瀬さんは何度も何度も私にキスするの。
 触れる肌が暖かくて、心地よくて、私もキスに応える。
 絡み合う舌。長い長いキスに呼吸することも忘れそうな私。

「はぁぁ……ん」

 なんて甘くて優しいキス。それだけでもうとろけそうな私の体を村瀬さんの指が行ったり来たりする。

「…結衣」

 上から覗き込む村瀬さんの顔がセクシー過ぎて、結衣って甘く囁く声が耳にくすぐったくて、キスだけでもう蜜が 溢れだしてる私は、村瀬さんが欲しくて欲しくて……

「ずっと…結衣が欲しかった…。思ってた通り、綺麗だよ」

 首筋から胸元へ這う唇。その唇が胸の頂をとらえると吸いついては舌で転がして弄ばれる。

 腕が下半身へ伸びて行くと、そっと茂みの中へ滑り込み、蜜が溢れる場所に指が触れる。

「あ、あぁ…ん…」

 くちゅって音がした。

「結衣、もうこんなになってる」

 村瀬さんは蜜が溢れる私の中に指を入れると、私の感じるところを探すように抜き差しを繰り返す。

「あん…」

 もうそれだけでいきそうな私。
 セックスは何度も経験があるけど、こんなに感じたことはあったかな?

 指を抜いた村瀬さんが、体を少し起こすと私の太腿を開き、私自身に唇を押しつける。
 私は気持ち良すぎて、どうにかなりそうで背中をよがらせるしかなかった。

 自分のものとは思えないほど、いやらしい自分の声に、もう我慢できないほど村瀬さんが欲しい。

「はぁ…むら…せさん…、あっ…ん、もう…ダメ…」

 村瀬さんは唇を離すと、ゆっくり私の目の前まで顔を持ってきた。

「俺が欲しい?」

 頷く私に、村瀬さんは「涼って呼んだらあげる」って、言って、指と唇で私の体を攻めるの。

 涼って呼ぶのは簡単だけど、感じ過ぎて、気持ちよくて声が出せない。
 なかなか言わない私に村瀬さんは意地悪で、散々指で気持ちよくさせておいて、私がいきそうになると止めちゃう。

「…結衣、俺もそろそろ限界なんだけど…、早く言って、涼って」

 自分も限界なら意地悪しなくてもいいのに…。でも、そう言う私も限界。

「結衣…早く中に入りたい」

 切なそうな村瀬さんの顔。こんな顔初めて見た。

「…涼」

 私の声は掠れてちゃんと言えてない。でも、村瀬さんは満足そうな顔で微笑んだ。

「涼…、涼、大好き」

 村瀬さんは私にちゅって触れるだけのキスをすると、枕の下に手を突っ込んで、はじめからそのつもりだったのか、 隠しておいたゴムを出してきた。
 素早くそれをつけると、ゆっくりと私の中に入ってくる。

「結衣の中…気持ち良すぎ。ごめん多分もたないよ、俺…」

 初めゆっくりだった村瀬さんの動きがだんだんと速くなる。
 その動きに合わせたように、私も声も一緒に出てしまう。

 その度に私は一番奥を突かれて、気が遠くなりそう。
 村瀬さんの息も段々と荒げてきて、私はもういく寸前…
「はっ、結衣…、締めるな…」

 いっそう強く突きあげられて、村瀬さんが苦しげな顔をした瞬間私は昇天した。そのすぐ後、私の中の村瀬さんも昇り つめて私の上に体を預けてきた。


 村瀬さんとのセックスは今まで経験したものとはまるで違っていた。
 心も体も何もかも気持ちよくて、大好きな村瀬さんに抱かれているのかと思うと、それは幸せな気分で…

 ボーっとしている私に、村瀬さんがキスをしていた。

「やっぱり結衣に一度触れたら止められない」

 村瀬さんがそう言ったのは覚えてる。
 その後、多分私は朝まで何度も村瀬さんに抱かれたんだと思う。
 でも、途中からほとんど意識を失っていた私はよく覚えていない。
 だから私は一度だけ村瀬さんに抱かれた記憶しかない。


 朝、村瀬さんの腕の中で目覚めた時、私はとても幸せだった。
 突然降って湧いた幸せに、私は舞い上がって何も見えていなかった。
だから、ずっとずっとこんな幸せな気持ちが続くんだと思い込んでいた。







 ダメですよね、結婚を決めた女性が他にいながら私を抱くなんて…
 最後まで面倒見るって、こんな意味だなんて誰が思いますか?
 もう卒業するって決めたのに、期待した私はまるでバカ丸出しです。いまさらながら思うのは、村瀬さんは 一度も私の事が好きとは言いませんでした。

 それなのに…勝手に勘違いした私は、もうマスターの事は笑えませんね。

    





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